昭和2年4月、松下電器はスーパーの商標で初めて電気アイロンを発売した。当時、アイロンや電気ストーブなどの電熱器は、関東大震災後に始まった文化生活時代の先端をいく製品であったが、まだ価格が高く、普及は高額所得層に限られていた。そこで松下幸之助は、広く一般の家庭でも文化生活ができるように、品質が良くて価格の安い“だれでも買える電熱器”を売り出すことを計画し、最初にこのスーパーアイロンを中尾哲二郎氏(後の副社長・技術最高顧問)に命じて開発したのである。
 そのとき松下幸之助は、従来の製品に比べて品質的に優るとも劣らず、3割以上安いものをつくるという方針を立てた。そして、一般のアイロンが4〜5円で売られていたのに対し、スーパーアイロンを3円20銭で発売した。この大幅なコスト引き下げは、設計、製作上の創意工夫と、当時、国内で販売されていたアイロンの総台数よりも多い、月1万台という大量生産によって可能になったものである。昭和5年には商工省から国産優良品に指定されるほど品質的にも群を抜いていたので、予想以上に好評を博した。
 このスーパーアイロンの開発、発売は、品質の優れた、しかも値段の安い製品を市場に出すことによって、人びとに喜んでもらいつつ電熱の普及促進をはかりたいという松下幸之助の願いから生まれたもので、このときすでに世にいわれる“水道哲学”を実践していたといえよう。

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